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「おはようティル。君の顔が朝一で見られるなんて今日もいい日だね」 「そうかおはよう。挨拶が済んだならとっとと食事にでも行ったらどうだ」 「とか言いつつ私を待っていてくれたことを知ってるよ。待たせてごめんね、さあ行こうか」 「僕は朝の鍛錬を済ませてから食事を取る習慣なんだよ! いいように解釈するな!」 「照れ隠しも可愛いよティル。まさしく私の太陽だ」 朝っぱらからじゃれあっている馬鹿っぷるに遭遇したリオウはふ、と大人びた笑みを浮かべた。 「マクドールさんも毎日飽きませんねえあのやりとり」 「微笑ましいね」 くすりと邪気のない笑みを浮かべるのは数週間前、デュナン城門前で勧誘した青年、キリル。隣に佇むラズロは無表情のままうむ、と頷いて見せた。 「ファルはツンデレが好みだからな」 「ラズロ先輩、ファレナにも顔出してたんですっけ」 「ああ。本拠地奪還戦にうっかり巻き込まれた。なあキリル君」 この見た目は十八・中身は百五十歳の元祖天魁星の顔は驚くほど広い。その手綱を取れる癖に野放しにしてきた(らしい)キリルも広いが、彼は誰とでもお友達になれるエンゼルスマイルという名のチート武器保持者なのでカウントに入らない。対して寡黙で無表情なラズロが人間ホイホイなのはやはり業であろうか。天魁星の。 「僕がおくすり補充してる間にふらっといなくなっちゃうんだもんね、ラズロったら」 「なんでンなでかい戦いに巻き込まれるようなとこで呑気に買い物してたのかは追及しませんけど」 「ほら、僕とラズロを倒せる人もそういないからね。なんというか、危機意識が欠如? しちゃったのは認めるよ」 そりゃあいないだろうな、と思ったがリオウは賢明にも口を慎んだ。まっとうな人間のレベルとしてはとっくにカンスト、どころかそれをぶち破り未だに経験値ゲット→地味にレベルアップをやらかしているらしい人物に突っ込むだけ無駄である。師匠と慕う人物なら尚更である。いずれ自分が辿る道かもしれないし(ここ重要)。 「でもキリル師匠、ファルさん当時からあんなんだったんですか? 暑っ苦しくていわゆるウザイ、みたいな」 「うーん、そうでもなかったような……でもそうだったような……?」 考え込むキリルの横でラズロが僅かに渋面を浮かべた。 「どうでもいいんだが、どうしてキリル君が師匠で俺が先輩? 星的に逆じゃね?」 「本当にどうでもいいですね」 すぱっとラズロの言を切り捨てるリオウ。しかし表情筋を動かしてまで萎れるラズロに心が痛んだのか、慌てて付け加える。 「祭りの本家様的には先輩が師匠ですけど、十人先輩がいれば十人とも違ってしかるべきでしょう」 「うんリオウ君、言ってることは分かるけどそれはちょっと、ね?」 やんわりとキリルが間に入る。 「おおっとすみません。ま、ぶっちゃけますと、キリル師匠は理想なんです。数年前に国を救った軍のメンバーが幅を利かす状況で、コンバートで現れた前軍主に食われることなく、むしろ完全にパシらせる。これぞ僕が目指すべき姿。シュウもものっそ後押ししてくれてます」 握りこぶしを作って力説するリオウに、ああー、という雰囲気がその場を席巻する。 「確かにキリル君の采配は見事だった。フレアが感服してた」 感慨深く呟くラズロ。その視線の先には、どちらが朝食代を持つかで口論している南国の救世主と隣国の英雄がいる。 ────ファルーシュはともかく、ティルの存在はばっちりキリルにおけるラズロそのものであった。救いといえばラズロが天性の小間使いであり、ティルがやる気皆無の世捨て人予備軍であるという点であろうか。青い雷と熊を見かけるとたまに悪友直伝の切り裂きをスレスレにかます以外、ティルが精力的に活動するのはファルーシュが関わっている場合しかないというのは既に周知の事実である。そのエネルギーががプラス方向かマイナス方向かはともかくとして。 お陰で隣国の英雄を巡る策謀は自然墜落するかシュウに狩られまくって今は皆無に近い。なんかもう城の皆の視線は生温かいものにまで変化しているのだが本人は気にする様子もない。それもどうなのだろう。 つい視線をぬるくシフトチェンジしていたラズロがきり、と表情を引き締める。 「……本題だが、俺が思うにあいつは懐に入れた人物にはべた甘だった。……が、その狭い懐に入ってた奴らはことごとくファルの手からすり抜けていった」 両親は殺され、妹は敵対し、家族同然の少女は一度命を散らした。 再び手に掴めたとしても、一度失った傷は、残る。 「だからマクドールさんはがっちり捕まえて離さないむしろついてくぜ、てことですか」 「あとティル君もそういう意味でトラウマ持ちっぽいじゃない。こう、紋章の呪い的な。だからうっかり気持ちを疑われないように周りへの牽制兼ねて愛を惜しげもなく注ぎまくってる、ってとこじゃないかな」 具体的には朝から数時間振りの再会を感謝し、その日一日共に過ごせることを祝い、ことあるごとに可愛い愛しいと甘い言葉を囁き、風呂でハダカの付き合いをして、明日への祈りを捧げつつ一緒の部屋で眠るという一連の行動を、さらりと一くくりにして言い切るキリルに、リオウは感嘆を禁じえなかった。だって重い。むしろ重ッ、としか言いようがない。 悪態をつく割にティルが本気で逃亡しようとしないのも、ファルーシュにストップが掛からない原因だろう。無意識に受容しているのか、単に気付いていないだけなのか。どちらだとしても気付いた瞬間ティルが奈落の底へダイブしそうである。 「つか、牽制するくらいならなんでこんなとこに留まってるんでしょうね。戦争してる軍の本拠地です。バカみたいに人がいますよ。……もっともマクドールさん釣り上げたのは僕ですし、言えた義理じゃないんですけど」 「ティル君の意思ならファル君も反対しなさそうだしねえ」 首を傾げるキリルに、ラズロは淡々と言う。 「真の紋章が絡んでいるからだろう」 リオウは目を見開いた。予想外の言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。その意図は。ティルが、それともファルーシュが? 疑問を読み取り、ラズロは浅く頷く。 「ファルは死ぬ時は共に、とか言っちゃうタイプだ。粘着質だからな」 「そう言えば一時期ラズロの紋章狙ってたね、ファル君」 あれは獲物を狙う鷹の目だった、と付け加えるキリル。 ────ああ。 リオウは理解した。 ティルは死神に呪われている。故に年を取らない。親友の形見だという紋章を手放すこともしないだろう。 だがファルーシュはいずれ年老いて死んでゆく。 ティルを残す自分も残されるティルも、ファルーシュは認めなかったのだ。 だから真の紋章が絡むこの戦争に、真の紋章が集まってくることを(ファレナ内乱や、トランの解放戦争がそうであったように)見越して。 ファルーシュは確固たる目的のもと、彼の意思でここにいる────ただ、ティルと共に在る為に。 その執着を、少しだけリオウは恐ろしく感じた。そして羨ましいとも思った。 流されるままに軍主になった自分は、大事な親友と殺しあって、姉を泣かせて。だけど三人に戻りたいと思っている。切り捨てるにはこの城に集まる人々は重くなりすぎていた。 リオウは諦めていない。 きっと、絶対。どうにかなると信じている。いや、どうにかしてみせる。 だけどもまだ道は見えない。 望むだけの手を、離さずにいたいと願っているのに。 頭を振ってリオウは暗くなりかけた思考を追い払った。今はただ歩き続けることしか出来ないのだから。 「……話が一段落したところで、僕らも朝食に行きませんか、お二方」 牛乳を飲む飲まないで喧嘩始めたばかっぷるをついでに誘って。 にこやかに笑んだリオウに、二人は快く頷いた。その笑顔が眩しかった。 |